鉄の芸術品である日本刀は、世界に誇り得る我が国の文化財であり、日本刀を愛好する人々は今や世界の各地に存在する。

日本刀の長い歴史の中で、古刀期は備前刀、新刀期では肥前刀が突出していることは誰しも認めるところで、異論はないはずである。新刀期における肥前刀は「新刀王国」の呼称が示す通り、質量ともに他国・他派を圧倒し、往時に生産された優れた作品が今なお数多く遺存していて、日本刀を愛する者にとって最も親しみ易い位置にある。
この情況は諸外国においても同様の傾向にあり、思いのほか多くの肥前刀が海外に在って、外国の日本刀愛好家にも肥前刀の人気は根強いものがある。

現存している肥前刀の量は多い。ゆえに馴染みが深くて親しみ易いが、それでいて尚、研究不足や調査不足の感を否定できないのも事実である。肥前刀に惹かれる人は多いが、過去の書物が教えている肥前刀鑑定学の内容は、学習を志す者にとって必ずしも有益なことばかりではない。ややもすれば、読者を誤った方向へ導き兼ねない部分が少なからず存在していることも実情として認識せざるを得ない。殊に、明治から大正を経て昭和の初め頃といった年代に出された書物には間違いも多く、書中に案内されている押形類にしても賛成し兼ねる物が目につく。それは、この時代の肥前刀鑑識の低さを如実に物語っていると言える。しかも、この誤説や誤認鑑定の一部には、歳月ときの流れの中で踏襲と借論が繰り返されながら今日まで生き延びて定説化、不審はどこかに忘れ去られたまま堂々と幅を利かしているものもある。

ここに筆者が述べんとする論考は、それらの古説に疑問を抱いたことを起点とするもので、その記述内容は古説の行き方とは一線を画し、実作主義を旨とした調査と研究の中から出て来たものである。この事は刀剣鑑定学を披露する者の姿勢としては至極当たり前の事ではあるが、限りなく客観的な視点で捉えた肥前刀鑑定学であると自負する。

集大成とするには未だ途なかばであることを承知しつつ、ここに『肥前刀備忘録』と題して剣界に問い、研究家や愛好家の評を仰ぐに至った次第である。成り行き上、古説に正面から反論する部分もあるが、古説の誤りについての修正は、論拠を明確に示すことで反証したつもりである。元より、筆者が述べている内容については、必ずしも完璧であるとは言わない。従って、従来の古説を取るか、或いは筆者の論考に同意されるかの選択は、読者各位の賢識に委ねるところとなる。

21世紀の初頭に当たり、本書が新世紀にふさわしい風となって読者諸氏のお役に立つことができれば、この上もなく幸いと存ずるものである。

平成17年2月3日
横山 学(号・鉄心)

  •  肥前刀備忘録のご紹介
  • 忠吉系肥前刀の本質を追求し、従来からの肥前刀の定説を大きく書きかえる画期的な論証を、豊富な図版とともに展開します。より分かり易く体系化した論考は、初心の愛刀家から研究者に至るまで、肥前刀研究の決定版です。
  •  A4判・上製本貼函入・560ページ