2. 肥前刀の茎仕立ては茎棟に掟あり

肥前刀の茎仕立てには、他国の流派には決して類例を見ることのない特殊な約束事があるが、この点を、十分な調査に基づき、的確に捉えて案内した書物はこれまで一書もない。

肥前刀の銘の位置が新刀期の他派と違っていることは刀をやっている人なら誰でも知っている。つまり、宗次系を除き、刀は太刀銘(指し裏)に切り、脇指や短刀は指し表に切っていることは、剣界で常識となっている肥前刀の大きな特徴の一つである。常識として深く定着しているということは、早くから諸書で案内されていることに外ならない。然し、茎仕立てに大きな掟が存在していたことに気付いた書物(著者)は全くない。これは古説で述べられた肥前刀の「掟と特徴」の中にあって、極めて重大な欠如として指摘すべきもので、永年に亘る指導者層の資質に係わる問題でもある。これまでの肥前刀愛好家はお気の毒であったとしか言い様がなく、筆者が過去に『刀剣美術』の中で述べた“書物は古い物ほど当てにならない”理由の一つである。

では、他国の流派に類例のない肥前刀の茎仕立ての掟とはどの様な状態を言うのか。それは「茎棟」に重要な約束事があり、肥前刀を学ぶ上において必ず識っておかねばならない「掟と特徴」のことである。 

刀の茎棟と脇指・短刀の茎棟の区別

(1)刀の茎棟――必ず肉を付けて仕立てている

肥前刀の長物の茎棟は少し肉を付けた仕立てとなっているものである。これを通常「小肉棟」と表現しているが、肉付きの程度には個人差があって、くるりと丸く仕立てた茎棟は少ない。然し、丸味の強い茎棟が皆無という訳ではなく、忠吉本家では初代忠吉に時々見られ、四代忠吉も丸棟が多く、これと同時代の傍系の作品にも散見する。また、播磨守忠国の初、二代の作にも、必ずではないが丸い茎棟を見る。外では佐賀住吉永銘の刀に丸棟の仕立てを経眼している。伊予掾宗次とその系統では丸棟の仕立てが主流で、小肉棟に仕立てたものは少ない。

いずれにしろ、多少なりとも肉を付けて仕立てるのが掟であり、刀で真っ平らの角棟に仕立てた肥前刀は無いと解釈しておいて間違いはない。もし、刀の作で角棟になっていたら、99%以上の確率で偽物である。但し、例外として二口だけ「太刀銘、角棟」の刀の作を経眼している。この作品については後の方で紹介する。 

(2)脇指・短刀の茎棟――全く肉を付けず、真っ平らに仕立てる

 脇指以下の短い作は角棟の仕立てを原則とする。但し、一部で掟違反の例外も存在する。 掟違反ということは、短い作でも茎棟に肉を付け、刀と同様の仕立てにしているということであるが、本家の歴代忠吉(忠広)に違反者は一人も居ない。傍系の諸工の中に掟を破った者が居て、二代正広、初代播磨守忠国(但し、大掾時代は角棟)、二代忠国、四代忠国などが著名どころである。彼等は「脇指以下の短い物は茎棟を角にする」という肥前刀の大前提から外れているが、外れていることが彼等の掟である。この点、特に記憶にとどめておく必要がある。この外、初代忠吉門人広行の小脇指に小肉棟を見ている。更に違反者が居る可能性は十分考えられるが、作品が本歌であると判断される物であれば、短い物の茎棟に肉が付いていても認めてやるという柔軟な姿勢が必要である。

以上が茎仕立てに示されていた肥前刀の「掟と特徴」であるが、銘の位置(刀が太刀銘で脇指や短刀は刀銘)と茎棟の仕立ては常に歩調を合わせて表裏一体の形であるのが原則という結果である。解り易くまとめると下の様になる。 

種 類銘の位置茎棟の状態
指し裏
(太刀銘)
肉を付けた仕立てを原則とする。大半が小肉棟であるが、中丸や丸棟の仕立てもある。程度の違いこそあれ、肉を付けた仕立てが掟であり、刀で角の茎棟ならばひと先ず疑うことである。
脇指
短刀
指し表
(刀銘)
角の仕立てを原則とする。真っ平らで肉は全く付かない。但し、傍系の諸工の中で、刀と同様に肉を付けて仕立てた者が居る。下記の諸工達であるが、これについては次の項目で詳述する。

二代 河内守正広
初代 播磨守忠国
二代 播磨守忠国
四代 播磨大掾忠国
広行(初代忠吉門人)

上の茎棟の仕立て方が肥前刀の大前提であり、肥前刀鑑定学の最も重要な部分である。 

上の約束事は、作品の寸法に関係なく「太刀銘で肉が付いた茎棟ならば刀と判断せよ」という意味で、たとえ二尺以下の寸法でも、太刀銘で小肉や小丸の茎棟ならば長物(刀)で あって、脇指とてはいけない。逆に、二尺を越していても、刀銘に切って角棟の仕立てならば脇指と鑑るべき、ということになる。これが、銘の位置と茎棟の仕立てが表裏一体の形である所以である。

唯、脇指に関しては少なからず掟から外れた刀工が居ることは前述した通りで、これについては次の項目で詳しく述べる。

尚、肥前刀には菊池槍を写した作品がある。上身は短刀の造り込みでありながら、槍として使うために茎を長くしたのが菊池槍であるが、これは古くから長巻や薙刀の部類とされていたもので、指し裏に銘を入れることを習慣としている。肥前刀の菊池槍写しの作も、その慣例に倣って指し裏に銘を切り、茎棟は肉を付けた仕立てとなっている。この場合、丸棟が多い。

以下、押形を列挙して参考とするが、茎棟の様子は区下に曲線と直線で表示している。 無論、曲線が肉の付いた茎棟を表わし、直線は肉のない角棟である。

  •  肥前刀備忘録のご紹介
  • 忠吉系肥前刀の本質を追求し、従来からの肥前刀の定説を大きく書きかえる画期的な論証を、豊富な図版とともに展開します。より分かり易く体系化した論考は、初心の愛刀家から研究者に至るまで、肥前刀研究の決定版です。
  •  A4判・上製本貼函入・560ページ